今回ご紹介するのは、湊かなえさん著の「暁星(あけぼし)」です。
本書は大きく2部構成になっていて、第1部には「暁闇」、第2部には「金星」というタイトルになっています。それぞれが、永瀬暁生と白金星賀という主人公の1人称、一人目線で書かれていて、読み終えたときに本のタイトル「暁星(あけぼし)」は、暁生の「暁」と星賀の「星」をそれぞれ一字ずつとったタイトルだと氣付くでしょう。
第1部「暁闇」は、主人公の永瀬暁生が世界博愛和光連合(通称:愛光教会)に母親が多額の献金をしていたことに恨みを持ち、教団と繋がりのある文部科学大臣の清水義之氏を殺害したという事件から始まります。そこで、誰もが氣付くでしょう。
「これは2022年7月8日に起きた、安倍元総理襲撃事件をモチーフにした物語だ」と。
そして、主人公の永瀬暁生に山上徹也の姿を重ね合わせて読むことでしょう。
私もそうでした。けれど、この物語は、そう単純な物語ではありません。
第1部の「暁闇」では、物語は永瀬暁生の手記として淡々と書かれていきます。時に暁の母親の手紙であったりしますが、それもまた彼の生い立ちや母親が教団に傾倒していく様、そして暁が犯行を計画し、実行していく様が綴られていて、あたかもそれが現実の安倍元総理襲撃事件の真相であるかのような錯覚さえ覚えます。
そして後半の「金星」では、もう一人の主人公、白金星賀が自らの人生を一人称で語っていきます。カンの良い方なら氣付いたかも知れません。後半のタイトル「金星」は、白金星賀の名前の2文字を取って付けられたあだ名で、学校のクラスでは決していい意味で使われていません。
でも、ちゃんと惑星である「金星」も、物語の中では重要なファクターとして登場します。
そして、第2部を読み進めるうちに氣付くのです。
「あれっ? 名前が違う」と。
それは物語の中で重要なファクターだと私は思うので、それが誰の名前であるかは、ここでは書きません。ヒントはすでに出してあります。
白金星賀は、第2部の後半で売れっ子小説家として「金谷灯里」というペンネームで登場しますが、この名前もまた第1部の冒頭に伏線として、とてもさりげなく登場しています。氣が付いて読み返せば、この物語が決してパラレルワールドの物語ではないことに氣付くでしょう。そして、このペンネームの「金谷」という名の由来もまた、第2部の中で語られています。
この物語は、現実世界の旧統一教会と安倍元総理襲撃事件をモチーフに書かれていることは明らかですが、決してそれだけではありません。この物語は、世界博愛和光連合(通称:愛光教会)を巡る暁生と星賀の恋愛物語です。ぶっきらぼうな暁生に言葉足らずの金星。けれど、互いの境遇がにていることに知らず知らず氣付き、互いに惹かれ合ってゆく様が淡々と描かれていきます。
本の帯に「ただ、星を守りたかっただけ」というサブタイトルのような一文がありますが、ここに書かれている「星」とは、星賀のことだと、読み終えて初めて分かります。
暁生と星賀の2人は自覚のないままに、愛光教団という闇に、蟻地獄に落ちていることさえ氣付かないままに飲み込まれて、そして決して抜け出すことが出来ない絶望が描かれています。それは読み手に対して、読み手の心臓が静かに、けれどじわじわと力を込めて握られていくような締め付け感を抱かせます。
なぜ永瀬暁は、現職の文部科学大臣を暗殺するに至ったのか。
暁生と星賀の関係はいかにして築かれ、どのように発展していったのか。
そして物語の最後、暁生は星賀を守るのです。
「生きろ」という言葉とともに。
その守り方は決して許される方法ではなかったし、いささか歪んだ形になってしまっているように思えますが、彼と彼女の生き様を鑑みれば、暁生と星賀には、その方法しかなかったのだと思えるのです。それが、この物語を読み終えたときに抱く、なんともいえない「余韻」なのでしょう。
そしてもう一つ、感じるのは「なぜ、人はそれほどまでにお金や地位、名声を欲しがるのか」ということではないでしょうか。確かに、現実世界にも、それらを欲しがる人が大勢います。
そんなもの、時と所が変われば何の意味もなくなるのに。
確かにお金は多少はあった方がいいけれど、必要以上に持っていても使い切れないし、使い切れないほどのお金を持っていることに、私はあまり意味を見出すことが出来ません。
「そんなものよりも大切なもの、ことがありますよね?」
そんな問い掛けを、私たちは暁生と星賀を通して、著者から突きつけられているのかも知れません。
この物語は不思議な終わり方をします。
第1部の「暁闇」にある終章は、第2部の「金星」を読んだ後に読んで欲しいと但し書きがあります。
とても短い「終章」。
みなさんは、どんな印象を持ったでしょうか。
最後に一つだけ。
物語の中には、永瀬暁生の父、永瀬明が小説家、長瀬暁明として登場します。
彼の存在は、暁生にも星賀にも重くのし掛かっていきます。物語を導く羅針盤でもあり、重し、でもあると私は感じました。
その長瀬暁明は、物語の中で自分の書いた作品を出版する、世に出す術を奪われてしまいます。
私も、物語を書いて出版した経験がありますし、自分の作品を世に出すために悪戦苦闘した経験があります。どんな物語でも、作品でも、書き手としては、やはり誰かに読んで欲しいのです。
そして良くも悪くも、その評価を聞きたい。ホンネの部分では、できればいい評価を。
暁明の時代には、電子出版や自費出版の道はなかったのだろうかと、思いました。
彼が抱いた絶望は、物語の中で、誰にどんな影を落としていったのか。そんなところに氣を向けてみると、暁生と星賀の物語がより一層深くなるのかも知れません。
最後の一文、
「暗闇の中で顔を上げた者たちの、生きる希望となる暁星が、この世界で輝き続けることを俺は願った。ただそれだけだ」
これを読み終えて、本を閉じたときに、みなさんは、どんな印象、余韻を抱くでしょうか。





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