私が「COSMOS」と出会ったのは、本ではなくテレビでした。
私の中には、天文部に所属していた高校生の時に夢中になって見ていた記憶があるのですが、このブログを書くにあたって調べてみると、第1回目の放送は1980年9月28日。「宇宙の浜辺でー150億光年への出発」というタイトルで放送されていました。
放送は番組の制作にも関わっていた朝日放送。
当時、アメリカのコーネル大学教授で惑星研究の第一人者だったカールセーガン氏が監修して作られたテレビ番組でした。
もしかしたら、福島県の田舎に住んでいた私が高校生の頃は、1980年の朝日放送の本放送は見られるはずがないので、再放送を見たのかもしれません。なにしろ、COSMOSの平均視聴率は、関東で8.5%、関西は14.5%と高い視聴率を叩き出していましたから、地方のテレビ局でも放送したのでしょう。
真っ先に思い出すのはカールセーガン氏本人の顔で、還暦を迎えた今でもはっきりと覚えています。そしてセーガン氏の声の吹き替えをしていたのが横内正氏。そう、あの初代水戸黄門の格さんで、「この印籠が目に入らぬかぁ~~」と叫んでいたのが横内正さんでした。静かに語り掛ける横内さんのあの渋い声もまた魅力の一つだったのかも知れません。
本としての「COSMOS」の発刊は、テレビ放送が始まってから2か月後の1980年11月。
その後、1984年に文庫版が刊行されています。私が買ったのは文庫版のほうですね。
私は、この「COSMOS」に書かれていた言葉の一つにひどく感銘を受けて、それはいまでも私の座右の銘の一つとなっています。
「知識は有限、未知なるものは無限だ。私たちは、未知なることの無限の大洋のまっただ中に浮かぶ小さな島に立っているようなものだ。私たちの任務は、いく世代にもわたって、わずかばかりの小さな土地を埋めて立ててゆくことだ」
これはイギリスの生物学者トマス・ヘンリー・ハックスリー(Thomas Henry Huxley。1825年~1895年。T.H.ハックスリーと表記されることも多い)の言葉で、私はこの言葉に出会ったときに、衝撃的なものを感じた記憶があります。
夜、晴れた夜空を見上げると無数の星々がきらめていて、でも最も近い月ですら38万キロメートルも離れているし、最も近い恒星であるケンタウルス座のアルファ星、プロキシマ・ケンタウリまででも4.246光年、光の速度でも4年以上の時間を必要とする。そんな気の遠くなるような時間と空間が私たちの地球の周りに、当たり前に存在している。そのことに気づかされたのです。
昔の人は、夜空の星々に様々な物語を与えました。
不思議なことに、党の東西を問わず、です。
私たちは星々の姿に何を見ていたのでしょうか。
COSMOSは、そんな未知の大洋の世界に私たちを誘ってくれます。
当時、宇宙の起源はいまから150億年前とされていましたが、いまでは約135億年前とされているように、研究が進んで当時よりも宇宙のことは少し、分かってきたようですが、それでもまだ、宇宙は未知の大洋であることに変わりはありません。
COSMOSは、そんな未知の大洋の世界に私たちを誘ってくれます。
宇宙ってどんなんだろう?
ちょっとでも興味を持った時に読んでほしい、私にとって大事な1冊です。


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